住まいの記憶

みなさんおはこんばんにちは、安東です。

今日は少し蒸し暑かったですが、最近は一気に涼しくなりましたね!

ここ数日は早朝に出社し、誰もいない事務所の窓を開け放っての読書タイムが密かな楽しみだったりします。(優雅なヤツを気取って)

最近はもっぱら建築家・中村好文さんの本を読み直すのに必死ですが、その中の「人の住まいから小屋の気配が失われつつあることを惜しむ気持ちがある」という一節に目を通したときに、何とも言えない共感を得ました。

時代が進み、いろんな物事が移り変わっていく中で、人間らしく、ひいては生き物らしく暮らすための道具として、住まいがそこにあるという感覚。

必要以上は必要ではない、という感覚が現代には失われつつあるのではないかという警鐘にも似た言葉に、う~んと唸ってしまいました。

 

一方、これまた最近ハマってしまったYoutube動画があります。

とある親子が木製コンテナを解体したタダの材料と、ハンドツールだけを使って週末サバイバル小屋を作るというもの。

作りは粗いし、お世辞にもラグジュアリーとは言えませんが、何とも言えない豊かさを感じますよね。

なんだか、心がゴージャスな感じ。

下手にBGMを入れず、作業音と環境音だけという編集も相まって、時間を忘れて見入ってしまいました。

 

説明欄を読むと「このプロジェクトの主な狙いは、とある親子が非常に安価な材料で野外DIYに時間を費やしながら、より幸福なライフスタイルを確立するための環境自立性と節約術を学ぶことにありました」とあります。(拙い和訳ですみません・・・)

例えば○億円かけて建てられた豪邸よりも、この粗末な週末小屋の方が魅力的に映ってしまうのは、私だけでしょうか?(・・・え?そうなのでしょうか?)

それはたぶん、「この住まいのすべてを把握できている」という安心感がそうさせるのだと思います。

 

規模や予算はどうであれ、本当にホッとできる住まいにはこの「心が行き届く」という感覚が不可欠なのだと思います。

 

どんな素材を使っているのか?

どんな考えでこの場所はあるのか?

どんな人たちと一緒に作ってきたのか?

どうしてこの住宅ローンを選んだのか?(笑)

 

全てを知ることは難しいかもしれませんが、住まい手が本当の主人公になれるような住まいづくりをこれからも心がけていきたいものです。

(↓は先日の手形式の様子)

 

最後に告知です!

今月は2つの勉強会と完成見学会!おつかれです!

9/15 sun パッシブデザイン塾

9/22 sun はじめての住まいる塾

9/28 sat29 sun 完成見学会